速読ができたら勉強がとても楽になるだろうな…と思ったことがある人は多くいると思います。
机にかじりついて、ガツガツ勉強をしなくて済むのは憧れますし、楽に勉強がはかどればどんなにいいか…。
そんな憧れを抱いて、速読に挑戦してもなかなかうまくいかないし、速読なんてものは非科学的なものだという論文まであるという。
速読自体が本物かどうかというよりも、速読の背景にある考え方が役に立つと思っています。
なぜ速読が必要か根本的なところが理解できれば、速読は意外とスムーズに自分の勉強に取り入れることができます。
分厚い本を数分で読破できるというセンセーショナルな速読法をマスターしなくても、勉強に役立つ速読の考え方を書いていきたいと思います。
速読は勉強に役立つ理由
勉強をしてもなかなか成績が上がらないとき、何が一番の原因だと思いますか?
それは、
教科書を読んでいない!
です。
イヤイヤ、ちゃんと読んでいるよ!と思うかもしれません。でも、何回読みましたか?と聞かれたとき、大体の人が片手で数えられる程度の回数だったりします。
「秀才の勉強法を試したら社会の成績が楽にUPした!」でも書きましたが、勉強するには教科書を何十回も読むことが大切です。
よほどの天才かサヴァン症候群ではない限り、教科書を数回読むだけで内容を覚えたり、理解できたりすることはありません。
とはいえ教科書を何十回も読むことは気が引けるし、億劫です。
そこで、何十回も読むための方法として、速読をおススメします。

科学的に否定されているのに速読?
と思われるかもしれません。分厚い本をものの数分で読破し、理解することは不可能だという理由で否定されているのであって、速読を勉強に活かしてはいけない!という禁止ではありませんしね(笑)
教科書を一回読んだだけで理解するという前提をもった速読は捨ててください。
教科書を何十回も読むという前提にした速読をやっていきましょう!!
速読は技術ではない?!

速読と聞いて一番始めに思いつくのは眼筋訓練ですが、「どんな本でも大量に読める「速読」の本」(宇都出雅巳 著)や 「あなたもいままでの10倍速く本が読める(フォトリーディング)」(ポール R.シーリィ 著 )では眼筋訓練をおススメしてはいません。
目の動きの速さや視野の広さがないと速読できないとは言っていません。
●何度も繰り返して読むから理解できるようになるということ。
●何度も読むから知識がストックされて、結果的に速く読めるようになる。
ここがポイントです。(ちなみに宇都出さんはフォトリーディングを否定されていますが…)
速読は眼筋を速く動かす技術ではなく、1冊の本を何十回も繰り返し読めるようになる考え方だと思います。
何度も何度も読むから覚える気がなくとも覚えてしまう。
当たり前のことですが、意外とそこは分かっていてもスルーしてしまっているところです。
速読を勉強に取り入れて成績UP以外の効果が!
何十回も教科書を読むという考え方で、速読を勉強に取り入れて得た結果。成績UP。
成績UPは当たり前の結果ですが、実はそれ以外の効果がありました。
「参考書ジプシーからの脱出!」
色々不安になって参考書を買いまくる状態から脱出することができました。
速読を勉強に取り入れて何十回も教科書を読んでいると、自分が理解できているところとそうではないところが把握できるようになります。
自分自身を把握することができてくるということです。
自分自身の把握が漠然とした不安を払拭して、無駄な参考書買いがなくなったのです。
これはとても大きな収穫でした。
「 理解できてないこと、知らないこと 」を知る。
つまり、
「無知の知」(ソクラテス)
です。

「知らないのに何か知っているように思っている」ことに気づき、自分の方が自らの無知についての知があることを悟った。ソクラテスは、無知の知を真の知に至るための出発点とみなした。
倫理用語集 p.6(山川出版)
ソクラテスだなんて大袈裟な…(笑)
でも、自分が何を知らないかということを明確に把握できると、勉強の効率は数段上がります。その結果、不安からあれこれ参考書を買いあさることがなくなる。
速読をしたことで、勉強での知らない部分を把握して、漠然とした不安を解消できる!
一石二鳥です!!
まとめ
クソ真面目に取り組むことだけが勉強ではありません。
辛いけれど、その先には明るい未来が…なんて自分を追い込むのはきっと今どきの勉強方法ではないと思います。
速読に取り組み始めたとき、なんだか後ろめたい気分になったりもしました。自分は安易な道へと流されているのでは?という後ろめたさです。
それこそ、歯を食いしばって…という昭和スポ根世界の洗脳です。
本来の目的は勉強する内容を何度も目にすることです。
速読(の考え方)を使えば、内容を何度も目にすることができるし、気楽にできる。
安易に流されているのではなく、効率よく自分の知識を増やして定着させる方法だと思えば何の後ろめたさも感じません。

あと、「どうせ何十回も読めばいいでしょ?」という心のハードルの低さが「自分は才能がない、頭が悪い」という自己否定を緩和させてくれますしね。
速読術をマスターするという目的ではなく、「教科書を何十回も読むための考え方」をマスターする目的で、速読を勉強に取り入れてみてはいかがでしょうか?